ゆとりるのはてなブログ

ポケモンのダブルバトルで遊んだり、このゆび杯を主催したり、小説を書いたりしてます・w・b

しっぽさまとアルトマーレの災厄 〜 第八話 秒で吹っ飛びましたわ


第八話 秒で吹っ飛びましたわ

 深夜の旅館のお手洗いに、ハナの姿があった。

「ふう……どうにか落ち着いてきましたわ。人間のお飲み物にここまで翻弄されるなんて。あの後グレンさんとの『お品書き全制覇対決』が、響きましたわね。辛勝こそ収めましたものの、そもそもあの対決に手を出したことが、不覚でしたわ」

「お嬢様……」
 壁の向こうから、女性の声が聞こえる。

「お嬢様……」
「聞こえております。お父様の遣いの方ですわね。よりによって、このようなところで接触なさるなんて」
「お一人になられる機会がございませんでしたので、ご容赦くださいませ」
「まさか、ずっと見張っていらっしゃったの?」
「はい、この港町にお着きになってから。失礼かとは存じましたが、お父様のご命令でしたので、やむなく」
「あなたが女性の方で助かりましたわ。それくらいの配慮ができる器量は、お父様もお持ちのようですわね」
「え……あ……はい」
これまで淡々としていた遣いの声に、ふいに戸惑いが窺える。
「はぁ……そういうこと。つまり、お父様はお考えもなしに男性の方に命じ、命じられた男性の方の配慮で代わっていただいた。そうなのですね」
「申し訳ございません。私の口からはなんとも」
「お父様は、女性というだけでキュウコンをお信じにならない……そういう古い方ですもの」

 父の横顔を思い出す。顔を合わせる度に、尊大さを必要以上に装っているように見えた。「父親としてかくあるべき」という、何かしらの信念があるのだろう。合理的で仕事熱心なところは尊敬しているものの、それでも到底、好きにはなれなかった。

「あの……恐れ入りますが、進捗はいかがでしょうか。お父様のご命令の……」
「それを聞くのが、あなたのお役目ですものね」
「はい、申し訳ございません」
「謝らなくて結構よ。むしろ申し訳ないと思っているのは、わたくしの方ですわ。お父様の身勝手に、あなたを巻き込んでしまって」

 ハナは目をつむって、一度きり深呼吸した。
 夜の静寂の中でも聞き取れないほどに、細く、ひっそりと。

「……機を見ている、静かに待て」

 閉ざされた星空が、重くのしかかる。

「そう、お父様にお伝えください」
「ありがとうございます。お父様もきっと、お喜びになるでしょう」

 心無い暗闇が、音もなく渦巻く。

「では、人間の道具を置いておきます。こちらをお使いになれば、山の者に勘ぐられたとしても、人間の仕業に見える……とのことです」

 遣いの気配がスッと消えた。ハナは旅館から出、遣いの者が居たであろう場所を見る。一振りの短い刃物が、月明かりに鈍く照らされていた。

――

 翌朝、寝ぼけるグレンをハナとホタルが叩き起こし、早々に港町の宿を出発した。
 漁村の入り口まで着いたところで、イチたちと別れを告げ、ラテアとラテオが眠っているという海岸の家へと向う。

「イッチーたちは……行ったな」
「お供の方のお宅がこの漁村にあると、仰ってましたわね」
「アイツら、信用してよかったのか? なーんか怪しい雰囲気だったけど」
「アルトマーレ王国の関係者だろう」
「えっ、それマズくね? ガキたちの話しちまったから、とっ捕まえるか、暗殺者だーとか言って殺しちまうか。どっちにしたってやべーぞ」
「昨日、酒場で二人が話していた様子だと、王国から追われる身のようだった。名前からして、アルトマーレ王国の王位継承者の、『イチ』という人間だと思う」
「ほー。アイツ、そんなご身分だったのか」

「お家騒動で、イチたちは海で殺される運命だった。そこへ私たちが通りかかり、結果的に命を救うことになったんだろう」
「だからあんな海のど真ん中に、ちっちぇー舟で浮いてたんだな」
「国内で暗殺者が警戒されるなら、国外の海で殺してしまおう……という算段だったのかもしれないな」
「……」
「だったら、すんなり正体を明かすわけにもいかねーし、アタシたちに黙ってたのも当然か」
「私たちに『イチ』という名前を明かしたのは迂闊だったが、もともと生きてアルトマーレに帰れるとは思ってなかっただろうからな。海の上で、うっかり私たちに名乗ってしまったのも、やむを得まい」

「そーこー言ってたら、着いたぜ。アレが、ガキたちが寝てるっつー家だろ」
 グレンは、海岸に近い一軒の家を、顎で指す。
「手筈どおり、私とハナで言ってくる。『子どもたちの両親』という体裁で訪ねる方が、話を聞いてくれるだろう」
「はっ、はい。参りましょう」
「おいおい、いつもの『ホタル様、好き好き〜』はどうした? まだ二日酔いが残ってんのか?」
「そのようなもの……夜中のアレのおかげで、秒で吹っ飛びましたわ」
「なんだなんだ、こっちも怪しくねーか? ホタルせんせー、ハナさんが夜中に怪しいことしてまーす!」
「ささ、大きいお子様は放っておいて。わたくしたちは、ラティ王国のお子様方に会いに参りましょう。ホタル様とは、ふ、夫婦ですので、腕などを組ませていただいだ方が自然かと存じます。よ、よろしゅうございますでしょうか」
「人間の姿だと、腕を組むというのができるのか。なかなか新鮮だ」
「両手が使えるの、確かにイイよな。んじゃ、アタシはそのへんブラブラしてくっから、後は任せるわ。イッチーたちの様子でも、覗いてくっかなー」

――

 海岸の家の玄関先でホタルが声をかける。家の中から一人の老人……ジッジが現れた。
「突然お伺いして、申し訳ございません。私はホタルと申します」
「ホタルの妻のハナでございます。正真正銘の、まごうことなき、ホタルの妻でございます」
「うちの子どもたちを探しておりまして、こちらで預かっていただいているという話を伺ったのですが……」

「こんにちわ。ジッジと申します。あなた方は……お城の方ではいらっしゃらないのですか?」
「お城……ああ、アルトマーレ王国の者ではありません。ホウエン地方から来た者です。ご安心ください」
「そうですか。明後日に新しい王様の戴冠式があるせいか、不審な人間は、子どもであろうと、お城の人たちに連れて行かれてしまうんです。こんな小さな子が、悪いことをするわけないのに」
「仰る通りですね。私もこの国のご事情は伺っております。大変な折に、うちの子どもたちを保護してくださって、ありがとうございました」
「もしホタルさんが、あの子たちのことを思ってくださるなら……一つお願いがあります」
「なんでしょう。なんなりと仰ってください」
 笑顔に努めるホタルとは対照的に、ジッジは険しい表情で言葉を続ける。

「あなた方があの子たちの親御さんを名乗る以上、会わせることはできません。諦めてください」

「「えっ……」」
 ホタルもハナも、想定外のジッジの言葉に、戸惑いを隠せない。
「それは……とても厳しいお願いですね」
「すみません。詳しくは言えませんが、どうぞお引き取りください」

(ホタル様……このご老人のご様子、もしかしましたら……)
(どうした?)
(この方は、あの子たちが「人に化けたポケモン」であることを、ご存知なのではないでしょうか。ですので、親を名乗る「人間」には会わせることができない……と仰るのです)
(なるほど。それなら頑なに拒否されるのも、納得がいく。ではこちらも、真実を明かす必要があるな)
(はい、わたくしもそう存じます)

「ジッジさん、これからご覧になることは、できれば他言無用でお願いします」
「はい?」
「やるぞ、ハナ」
「はい」

 ジッジの目の前にいた人間の夫婦は、あれよあれよという間に、キュウコンへと姿を変えた。
「これは……美しい」
 ジッジの口から、思わず言葉が漏れる。
「お褒めの言葉、感謝致しますわ」

「ばあさんや、ばあさんや」
 ジッジは、慌てて家の中に声をかける。
「どうなりました、じいさん。お城の方が言葉で引き下がらないのなら、久々に私の鉄拳で……」
「こちらは、妻のバッバです」
「さてどうボッコボコに……え? は、初めまして?」
 バッバは、思わぬ来訪者……二人のキュウコンを目の当たりにし、構えていた拳を咄嗟に下ろす。
「初めまして、バッバさん。私はホタルと申します」
「ホタルの妻のハナでございます。長年連れ添っております、唯一無二の、ホタルの妻でございます」

「これが、私たちの正体……キュウコンです。お宅で保護していただいている子どもたちも、形は違えど、ポケモンですよね」
「は、はい。仰る通りです」
「ご覧の通り、ポケモンの中には、人の姿に化けることができる者がおります。あの子たち……ラティアスラティオスも、私たちの仲間なのです」
ラティアスと……」
ラティオスというんですね、あの子たちは」
「はい。この近くで行方不明になっており、こうして探しておりました。今日まで、ポケモンであることを隠しながら丁重に保護していただき、本当にありがとうございました」
「改めてお願い申し上げますが……あの子たちに、会わせていただけませんでしょうか?」
「そういうことでしたら、もちろん結構です。なあ、ばあさん」
「断る理由なんてありませんよ。どうぞこちらにお入りください」

――

Calendar
7/11 ラテアとラテオがアルトマーレの砂浜に落下
7/17 イチが乗っていた船が沈む
7/18 ホタルたちがホウエンからアルトマーレへ出発
7/21 アルトマーレの港町に到着し酒場で盛り上がる
7/22 ホタルたちがイチたちと一緒に漁村へ向かう → 漁村のジッジの家を訪問 Update!
7/24 フタの戴冠式の予定

Comment
 このように「「カギ括弧」」が二重についている場合は、二人が声を揃えた台詞のつもりです。三重の場合は、仲良く三人の台詞です。

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 第九話 負けじと腕をピーンと伸ばし